パパはガンだよ
父がガンの手術をした。
2月の人間ドッグで、便潜血が出た。
私たちの帰国早々、かかりつけの医者に紹介されて、内視鏡と組織検査をした。
家族も来て下さいという医者の言葉にびくびくしながら出向いた。
内視鏡の写真を見たら、もうびっくり。
画面一杯に、どアップでガンが写っている。
本人は勿論、家族も息を呑む一瞬。
大きさは2・3cmだそうだ。
ドアップなので、とても大きく見えたが。
すぐに紹介状を書いてもらって、最寄の大病院へ直行。
手術の日もトントン拍子に決まっていく。
ついているんだか、ついてないんだか。
言葉には出さないが、こんなとき駐妻は罪悪感を感じる。
年寄りをひとりで残したから。
自分がいればガンにならなかったんじゃないかと思ってしまうから。
しかし、それは間違いだとすぐに思い返す。
現在は三人にひとりがガンで亡くなる時代。
誰もがガンにかかる可能性があるのだ。
その上、1年でできた大きさじゃない。
年齢も年齢だし、それなりに時間をかけてできたものなのだ。
要らぬ心配と責任感は、闘病の妨げにしかならない。
担当医から手術の説明が有った。
父には合併症が見つかったのだ。
血栓が、首とおなかに二箇所。
手術のリスクのひとつに、血栓が脳や腸に移動し、大腸ガンの手術はうまくいったものの、梗塞で死ぬ可能性が増えるとのこと。
最近手術リスクを事細かに説明してくれるせいか、とってもビビる。
どのくらいの確率でのリスクか、更に説明手順を良く考えて話して欲しいと思う。
その上父は手術前に飲むのやめてください、と言われた血栓の薬も飲んでいた。
血液サラサラにする薬なので、手術後の出血が止まらない可能性がある。
父は説明を聞いて、かなりビビったのだろう。
無意識にやめてくださいと言われていた薬を、飲み続けていたのだ。
手術は延期され、血栓の薬は、より効き目の弱いものが点滴で処方された。
手術の間は、父の病室で待っていた。
結構ドキドキするものだ。
とても早く終わることが無かったので一安心だが。
早く終わるということは、手のつけようが無いということらしい。
開腹しても取り切れないと判断したら、何らかの対策だけして閉じてしまうから。
それでも予定時間を過ぎてもお呼びがかからないというのは、心配に拍車をかける。
テレビドラマで見た、あの光景、
「先生、心拍が弱っています!」
「×××(薬の名前)をもっと投与!」
「脈拍が40にまで落ちました!」
「緊急輸血の用意!」
なんていうのが頭をよぎるから。
めったに無いから、テレビドラマになるんだけど。
こんなことを考えているうちに手術が無事終わったようで、看護師さんが呼びに来てくれる。
手術室の受付に行くと、面会室で待機するよう言われる。
まだ手術着を着て手袋をした医者が、膿盆を持ってやってくる。
事前の説明通りに無事終了したそうだ。
大昔の盲腸の手術のせいで、すこし癒着が有り、はがすのに手間取ったとか。
「取り除いた大腸を見ますか?」と医者。
私は内心「うぁー」とビビる。
見ることができるものなのか、見ても卒倒しないかと恐怖に震えつつ、こんな機会はめったに無いというアンビバレントな考え。
結局好奇心に負けた。
大腸はとてもきれいだった。
表面は粘膜なので、すべすべではないものの、毛細血管がとてもキレイに入り込み、何にも比べることができない美しさを感じた。
人間は神の作った芸術品なんだなぁ、なんてことも。
ガンはその上にちょこん、といた。
白っぽい。
脂肪とは違う質感。
表面はでこぼこしていて、おへそみたいに真ん中がへこんでいる。
明らかに違和感。
そこだけ、異様なのだ。
医者は手袋のまま、大腸を裏返して見せてくれた。
ガンは貫通していなかった。
ちょっとほっとした。
説明によると、丸いガンの真ん中から腸の筋肉内部へとめり込んでいる形らしい。
立て切りにすると、ハート型に見えるだろうとのこと。
ハート、ね。
愛の象徴のハート型なのね。
ともかく父は生還した。
全く男というものは甘ったれで、私が傷口のガーゼ交換をしている。
昨日も、だ。
毎日トイレに何回行っただの、どんな形だったの、報告してくれる。
それでも、すぐに術後の日々は忘れ去られるだろう。
そんな中、ふと思い出すことがある。
このタイトルにもなっている、「パパはガンだよ」という言葉。
目覚める寸前に聞いた言葉だったのだ。
夢うつつで。
1年か2年ほど前だったろうか。
今思い返すと、自分の声だったような気もする。
前にも書いたけど、私は4次元は三次元の集まりだと思っている。
三次元のこの世界が、どこを切っても二次元になるように。
時間は今、この三次元空間の集まりだから。
なにかの拍子に、強い意志を持ってすれば、以前の自分に伝わるはず。
だから、それを思い出して、昔の自分に声をかけてみたのだ。
パパはガンだよ、って。
その後に、でも早期だったから、心配しないでって。
元TK大で研究していた工学系の先生と、次元について話したことが有る。
もう研究者は8次元くらいまで研究しているそうだ。
先生は明言しなかったが、多分5次元とか6次元は、意識とか意志が、三次元の素粒子みたいな役割をしているんじゃないかって。
だから。
昔の私に声をかけてみた。
パパはガンだよ。でも早期だったから、心配しないで。
こんなことを信じるか、信じないかはともかく。
科学はまだ全ての真実の4%しか解っていないらしい。
2月の人間ドッグで、便潜血が出た。
私たちの帰国早々、かかりつけの医者に紹介されて、内視鏡と組織検査をした。
家族も来て下さいという医者の言葉にびくびくしながら出向いた。
内視鏡の写真を見たら、もうびっくり。
画面一杯に、どアップでガンが写っている。
本人は勿論、家族も息を呑む一瞬。
大きさは2・3cmだそうだ。
ドアップなので、とても大きく見えたが。
すぐに紹介状を書いてもらって、最寄の大病院へ直行。
手術の日もトントン拍子に決まっていく。
ついているんだか、ついてないんだか。
言葉には出さないが、こんなとき駐妻は罪悪感を感じる。
年寄りをひとりで残したから。
自分がいればガンにならなかったんじゃないかと思ってしまうから。
しかし、それは間違いだとすぐに思い返す。
現在は三人にひとりがガンで亡くなる時代。
誰もがガンにかかる可能性があるのだ。
その上、1年でできた大きさじゃない。
年齢も年齢だし、それなりに時間をかけてできたものなのだ。
要らぬ心配と責任感は、闘病の妨げにしかならない。
担当医から手術の説明が有った。
父には合併症が見つかったのだ。
血栓が、首とおなかに二箇所。
手術のリスクのひとつに、血栓が脳や腸に移動し、大腸ガンの手術はうまくいったものの、梗塞で死ぬ可能性が増えるとのこと。
最近手術リスクを事細かに説明してくれるせいか、とってもビビる。
どのくらいの確率でのリスクか、更に説明手順を良く考えて話して欲しいと思う。
その上父は手術前に飲むのやめてください、と言われた血栓の薬も飲んでいた。
血液サラサラにする薬なので、手術後の出血が止まらない可能性がある。
父は説明を聞いて、かなりビビったのだろう。
無意識にやめてくださいと言われていた薬を、飲み続けていたのだ。
手術は延期され、血栓の薬は、より効き目の弱いものが点滴で処方された。
手術の間は、父の病室で待っていた。
結構ドキドキするものだ。
とても早く終わることが無かったので一安心だが。
早く終わるということは、手のつけようが無いということらしい。
開腹しても取り切れないと判断したら、何らかの対策だけして閉じてしまうから。
それでも予定時間を過ぎてもお呼びがかからないというのは、心配に拍車をかける。
テレビドラマで見た、あの光景、
「先生、心拍が弱っています!」
「×××(薬の名前)をもっと投与!」
「脈拍が40にまで落ちました!」
「緊急輸血の用意!」
なんていうのが頭をよぎるから。
めったに無いから、テレビドラマになるんだけど。
こんなことを考えているうちに手術が無事終わったようで、看護師さんが呼びに来てくれる。
手術室の受付に行くと、面会室で待機するよう言われる。
まだ手術着を着て手袋をした医者が、膿盆を持ってやってくる。
事前の説明通りに無事終了したそうだ。
大昔の盲腸の手術のせいで、すこし癒着が有り、はがすのに手間取ったとか。
「取り除いた大腸を見ますか?」と医者。
私は内心「うぁー」とビビる。
見ることができるものなのか、見ても卒倒しないかと恐怖に震えつつ、こんな機会はめったに無いというアンビバレントな考え。
結局好奇心に負けた。
大腸はとてもきれいだった。
表面は粘膜なので、すべすべではないものの、毛細血管がとてもキレイに入り込み、何にも比べることができない美しさを感じた。
人間は神の作った芸術品なんだなぁ、なんてことも。
ガンはその上にちょこん、といた。
白っぽい。
脂肪とは違う質感。
表面はでこぼこしていて、おへそみたいに真ん中がへこんでいる。
明らかに違和感。
そこだけ、異様なのだ。
医者は手袋のまま、大腸を裏返して見せてくれた。
ガンは貫通していなかった。
ちょっとほっとした。
説明によると、丸いガンの真ん中から腸の筋肉内部へとめり込んでいる形らしい。
立て切りにすると、ハート型に見えるだろうとのこと。
ハート、ね。
愛の象徴のハート型なのね。
ともかく父は生還した。
全く男というものは甘ったれで、私が傷口のガーゼ交換をしている。
昨日も、だ。
毎日トイレに何回行っただの、どんな形だったの、報告してくれる。
それでも、すぐに術後の日々は忘れ去られるだろう。
そんな中、ふと思い出すことがある。
このタイトルにもなっている、「パパはガンだよ」という言葉。
目覚める寸前に聞いた言葉だったのだ。
夢うつつで。
1年か2年ほど前だったろうか。
今思い返すと、自分の声だったような気もする。
前にも書いたけど、私は4次元は三次元の集まりだと思っている。
三次元のこの世界が、どこを切っても二次元になるように。
時間は今、この三次元空間の集まりだから。
なにかの拍子に、強い意志を持ってすれば、以前の自分に伝わるはず。
だから、それを思い出して、昔の自分に声をかけてみたのだ。
パパはガンだよ、って。
その後に、でも早期だったから、心配しないでって。
元TK大で研究していた工学系の先生と、次元について話したことが有る。
もう研究者は8次元くらいまで研究しているそうだ。
先生は明言しなかったが、多分5次元とか6次元は、意識とか意志が、三次元の素粒子みたいな役割をしているんじゃないかって。
だから。
昔の私に声をかけてみた。
パパはガンだよ。でも早期だったから、心配しないで。
こんなことを信じるか、信じないかはともかく。
科学はまだ全ての真実の4%しか解っていないらしい。
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